伊藤錬(いとう・れん)氏 2001年、外務省に入省。北米局畑を歩み通訳官を歴任。15年メルカリ執行役員を経て、23年から現職。(写真=中山 博敬) 2025年1月、中国の新興企業DeepSeek(ディープシーク)が公開した人工知能(AI)は「ディープシーク・ショック」として世界の株式市場を揺らした。中国発のAIが米国AI産業の優位性を脅かすとして、両国の開発競争が一段と激化するきっかけとなった。大国が技術覇権を競う中、日本のAIユニコーンであるサカナAI伊藤錬最高執行責任者(COO)は、他国が開発したAIへの過度な依存について警鐘を鳴らす。 ◇ ◇ ◇ 1月に中国のAIスタートアップ、ディープシークが公開した低コストの高性能モデルは、業界にパラダイムシフトをもたらした。 従来のAI開発はデータ量やパラメーター数(モデルサイズ)の増加によって性能が向上する「ビガー・ザ・ベター(大きいほど良い)」の考えに基づいていた。 米国は非公開で競争優位に 例えば、米オープンAIや米アンソロピックは、巨費を投じてAIモデルを作り上げ、それを非公開(クローズドソース)にしたことで競争優位性を保ってきた。 ディープシークの登場によって、オープンAIらオープンソース勢の築いてきた牙城が崩されつつある 一方、ディープシークの開発コストは、彼らの発表によれば、従来の10分の1以下とされる。最先端の半導体と巨額投資が必要だと思われていたAIモデルづくりの常識を覆した。しかも、誰もが利用し、改良できるよう高性能なAIモデルを外部に公開する「オープンソース」にしたのだ。業界をけん引してきた「クローズドソース」による牙城が、ディープシークによって崩される可能性が出てきた。 これまで米シリコンバレーの巨大企業(ビッグテック)の投資競争について行けなかった国や企業が「我々にもチャンスがある」と色めき立っている。 グローバルサウス(新興・途上国)にはディープシークを既存勢力に立ち向かう「ジャンヌ・ダルク」と称賛する声もある。経済力や軍事力で台頭してきた中国のソフトパワーになりそうだ。しかし、この状況は他国にとってのリスクとなり得るだろう。 ソブリンAIの育て時 技術覇権を握る国にAIで依存し過ぎれば、デジタル赤字の拡大に加え、AIシステムを強制終了させる「キルスイッチ」を預けることになる。つまり他国に生殺与奪の権を握られるのだ。そのため日本を含む各国は自前の「ソブリン(主権)AI」の育て時に来ている。 オープンAIは「人間並みの知能を持つ汎用人工知能(AGI)が実現すれば全て解決する」との考えを持つ。AGIはテストで安定して80点を取れる性能があっても、持続的なマネタイズは困難だ。さらに、いつAGIが実現できるのかも分からない。 ラスト1マイルならぬ「残り20点」を補って100点を目指すには業界特化型のAIが必要だ。我々は領域を金融に定め、メガバンクと提携した。融資稟議(りんぎ)書の作成など実務に即した機能を実装していく。金融市場の業務効率化は規模も、与えるインパクトも大きい。 当然、その領域に特化するということは、さまざまな仮説を立ててから一つ一つのユースケースを細かく見ていく必要がある。これは金融の現場だけでなく経営者の理解が無いとできないことだ。 私たちも「AI屋」として根気強く共同作業をして課題にぶつかっていく必要がある。金融業界はインパクトも大きいが、特に経営者の理解が大きいと感じる。 我々は日本を拠点にしているが、海外から優秀なAIエンジニアを集める上で「治安の良さ」や「衣食住環境の水準の高さ」などの環境が強みになっている。AI時代において優秀な人材を引き寄せるのは面白い研究ができる面白い環境だ。日本にはその魅力がある。 (談) (日経ビジネス 齋藤徹) [日経ビジネス電子版 2025年7月1日の記事を再構成] 【関連記事】 ・超知能、人類が生む最後の大発明 「27年に実現」未来予測が波紋 ・OpenAI「超知能AIを10年内に実現」 孫氏と水魚の交わり 日経ビジネス電子版 週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。 詳細・お申し込みはこちら https://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/
誰もが利用し、改良できるよう高性能なAIモデルを外部に公開する「オープンソース」にした
